幸せです

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僕は根っからのゲーム好きです。

小さい頃は親が若干過保護気味だったというか、外が物騒な時期とも重なったというか、まぁ色々重なりまして家の外に出る機会がそんなにありませんでした。

なので家で過ごすことになるわけですが、小さい頃の僕がきゃっきゃ出来る遊びが家の中には圧倒的にない!

僕は昔から一人で遊ぶよりも誰かと遊ぶことのほうが好きだったので一人遊びというものが苦手でした。

なので家の中で過ごす時も出来るだけ母親に構ってもらいながら遊んでいたように思います。(若干曖昧)

その1つにゲームがありました。

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昔から両親はゲームで遊ぶことが多かったらしく、気付けば僕のそばにはゲームというものがありました。

最初は僕もキャラクターの操作なんて理解していないのでベルトスクロールアクションのゲームなのに今来た道を引き返したり、RPGなのにフィールドに出て延々雑魚モンスターと戦いまくってレベルだけえげつない程上がっていたりと、ゲームを楽しんでいるというよりは家の中で出来る遊びを与えられたからやっている、という感覚のほうが合っていたような気がします。

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かと言ってゲームが嫌いになることは特になく、気付けばそのままの流れで今もゲームで遊んでいる。

むしろ「○○が発売されてプレイするまでは死ねない!」と思うほどはまっていますw(特にこういう気持ちは学生の時のほうが強かったかなw)

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そんな僕が大好きなゲームですが何故か世間からは厳しい目で見られることが少なくない。

「ゲームばかりしてるとキレやすくなる」「体を動かさないで部屋にこもりきりなんて健康に悪い」「よくは知らないけどオタクっぽくて気味が悪い」などなど…。

今の自分であればそう言ったことばかりではないし、ゲーム以外の娯楽にだって良い点悪い点はあるよと説明できるんですが昔の僕はそうも行かず、世間の目や意見というものにザクザクと心を傷つけられました。(それでもゲームはやめませんでしたがw)

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ただやはりそう言った誰のものともしれない大きな声というものが僕の記憶に残ってしまい、「本当は友達とゲームで遊びたいけどゲームを趣味にしてる人なんて稀だからそんなの無理」という考え方がこびりつく事になります。

「趣味は?」と聞かれた時に「ゲームです」と答えることになにか少し後ろめたさを感じてしまう。

「趣味は?」と聞かれて「野球です」と答えてる人を見ると眩しく感じてしまう。

それにゲームが趣味で遊んでいる人達も”誰かと遊ぶ”という事がしたいのではなく、ゲームが好きだから”一人で遊びたい”という人が多いのだろうとも思っていました。

なので僕がオンラインゲームというジャンルと出会って遊び始めた時も僕は誰かと行動をともにすることは少なく、ほぼほぼ一人でゲームというものに向き合っていました。

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だけど当然心の奥底ではそんなことは望んでいないので、誰かと一緒にゲームで遊びたいのにそれが出来ないというフラストレーションが徐々に蓄積していきました。

そしてそれが溜まりに溜まって爆発した結果がFF14で誰かと遊ぶことに繋がるわけです。

僕のFF14開始から今に至るまでは過去の記事でかなり書いているのではぶきますが色々ありましたw

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先日僕は誕生日を迎えたのですが、ツイッターやゲーム内で本当にたくさんお祝いを頂きました。

お祝いだけでなくプレゼントもたくさん頂いて本当にこんなに良くしてもらっていいのかと少し戸惑ったりもw

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そしてその時に改めて今書いたような事を思い出してたんですよね。

あー昔はゲームって一人でするものと思ってたなー、とか。

誰かと一緒にゲームすることってもうないと思ってたよなー、とか。

もしあったとしても自分が望むような体験て出来ないと思ってたなー。とか。

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だけどそんな考えは180度回転させられました。

他ならぬ僕が大好きなゲームというもので。

これが本当に心から嬉しかった。

改めてゲームやオンラインゲームの可能性、そして未来というものを感じさせてもらいました。

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ゲームという娯楽は未だに何かと厳しい目で見られることがあります。

「趣味はサッカーです、野球です」と何ら変わりがないのに「君の趣味はゲームなのか」と言われたり思われたりすることも多々ある。

ゲームをしている人を傍から見るとチカチカ光る画面とにらめっこしてボタンをカチャカチャしてるだけにしか見えない、それがゲームの”全部”にしか見えないという点もあるのでしょう。

だけどそのチカチカと光っている画面には紛れもなく”世界”が詰まっていて、カチャカチャしているキーボードはこの世界の誰かへと”言葉”を送っていたりする。

もしもゲームやオンラインゲームという物の外側しか見たことがないのであれば是非内側も見て触れてほしいなぁ。

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自分の誕生日を祝ってもらえる、ゲームのシステムとかではなく自分の大切な友達に。

すごく嬉しいことですよ。

これは僕のゲーム人生においても自慢できることのひとつです。

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改めて誕生日のお祝いをしてくれたツイッターの皆様、フレンドの皆様、そしてFCのみんな、本当にありがとうございます。

自分が大好きなゲームでこんな素敵な体験ができて僕は本当に幸せです。



つづく。
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